会長就任にあたって

会長就任にあたって

日本子ども社会学会のアイデンティティ再思三考

文教大学 加藤 理

 日本子ども社会学会は、来年の2024年で学会創設30年の節目を迎えます。節目の年を迎えるにあたって会長を拝命した責任の重さを痛感しております。

 学会の使命は、会員が学会活動に主体的に参加する中で、研究活動の活性化と研究活動を通じた社会的貢献を実現していくことにあります。一方で、会員の要求に応え、会員の利益を実現していくことも、学会が果たすべき役割として重要です。その双方を実現していくために力を尽くしてまいりたいと存じております。

 ご存じのように、『論語』には「三十而立」という有名な一節があります。自己の確固とした立場を確立して自立する、といった意味ですが、子ども社会学会のこの30年を振り返り、来るべき30年の節目の年を思う時、この言葉があらためて想起されます。

 1994年の発足以来、日本子ども社会学会は、学会としての組織を整え、多様な研究成果を公開し、若手に活躍の場を与え、若手が業績を積んで飛躍していく土台となってきました。

 一方で、学際的な研究の実現を目指して設立された日本子ども社会学会は、学会としての体制が整うにつれて、紀要に投稿される論文の研究領域と研究方法に偏りが見られるようになり、論文の種別も研究論文に集中し、子どもに関わる活動を報告した実践論文が少なくなってきました。学会発表も、発足当初学会活動に活気をもたらしたワークショップ形式や現場の教師や子どもの活動に関わる方々の発表が少なくなり、アカデミズムの研究発表の作法に則った他学会との差異が見えない研究発表が主流となってきました。

 こうした現象は、研究の質の向上を求め、研究業績の蓄積と研究機関への就職の後押しを期待する、多くの会員のニーズに応えた結果といえます。一方で、学会活動の面では、研究活動が硬直化し、本学会が発足当初持っていた活力と、多様な会員相互の出会いの機会、他の研究領域の研究と多様な子どもに関わる活動を知ることで得られる刺戟が少なくなってきたことを認めざるを得ません。

 創立期に会員だった私たちの間では、京都大学で開かれた第1回大会がいまだに語り草になっています。あの時の会場に満ち溢れていたワクワクドキドキ感、これから何かが始まる、という言いようのない昂揚感を遠い昔の出来事のように感じてしまいます。

 子ども社会学会の紀要論文と大会での発表の精緻化が年々進んでいることも感じます。このこと自体は学会の研究の質の向上を物語るものとして評価できます。ただ発表や紀要論文に見られる精緻化は、既存のパラダイムを精緻化していく作業に留まり、そこから新しい学説や理論が生まれることをあまり期待することができないものとなっているのではないでしょうか。

 子ども社会学会は、子ども社会を研究する学会として、他の学会にはない社会的使命も帯びています。そのことを再度考えることが、30年を目の前にした今まさに求められていると思います。

 他の学会にはない本学会の社会的使命の一つが、子どもに関わる実践活動を行っている方々や、学校や施設等の現場で子どもたちと関わる方々と研究者との協同だと考えます。実践報告や子どもの観察結果について、現場で子どもと関わる方々と研究者が協同しながら科学化していくこと、そこで得られた知見や新しく生まれた学説を社会に問いかけていくこと、そして、学会が社会に広く問いかけた知見に接した現場で活動する方々から、また新たな報告やレポートをいただき、時にはさらに新たな知見への示唆をいただき、そこからまたさらに新たな知見を生み出していく、こうした循環を行いながら子ども社会研究を前進させていくこと、このことが本学会の主要な使命だと考えます。こうした子どもに関わる現場の方々と多様な領域の研究者との協同が、この学会のアイデンティティともなるのではないでしょうか。

 もとより、パラダイムの精緻化とその積み重ねも大切です。子ども、そして子ども社会に関わる理論研究、歴史研究も含めて、民俗学や福祉、心理学など、学会の研究活動の多様性と学際性も、この学会のアイデンティティとして大事にしていきたいと考えています。

 アイデンティティを確認するだけでなく、子ども社会学会の使命をどのように実現していくか、その具体化を真摯に求めなければなりません。30年目を来年に控えた喫緊の課題として、その具体化を探っていきたいと考えています。

 最後に、第1回大会の準備に関わった鵜野祐介会員から聞いた逸話を披露します。第1回大会の立て看板の作成を藤本浩之輔先生に依頼された鵜野会員は、藤本先生に「日本子ども・・・社会学・・・学会」ではないのですか、「日本子ども・・・社会・・学会」でいいのですか?と確認したそうです。「子ども社会学会です。子ども社会の学会なのです」というのが藤本先生のお答えだったそうです。そこで鵜野会員は、「子ども社会」と「学会」の間に、少しすき間(遊び)を空けて看板を書いたそうです。

 この逸話に示されている藤本先生の意志と、鵜野会員が空けた「すき間(遊び)」の意味は、日本子ども社会学会のアイデンティティを再思三考していく際に大事にしていかなければいけないと思っています。

 日本子ども社会学会が、社会にとっても、会員のみなさまにとってもより有意義な学会組織となるよう力を尽くしてまいります。会員の皆様の活動の一層の充実と、学会運営へのご理解とご協力、ご支援をお願いして、会長就任の挨拶とさせていただきます。